先月新聞で私たちの名前に関するルールが変わるかもしれないという記事を目にした。現在、わが国の戸籍の氏名欄には「読みがな」はなく、漢字しか記載されていない。行政手続きのデジタル化が進められるなか、戸籍の氏名欄に「読みがな」がないため、データベースとして活用する際、検索が難しいなどの課題が指摘されており、政府は戸籍の氏名に「読みがな」を付ける法制化に向け検討中とのこと。

 そこで議論となっているのが「キラキラネーム」と呼ばれる個性的な名前など、表記や読み方が多様化するなか、「読みがな」をどの程度まで自由に認めるかということらしい。政府(法制審議会)の中間試案では、読み方を認める範囲について3案が示されていた。うち第2案では「音読みや訓読みができたり、慣用で読めたりするか、あるいは漢字の意味との関連があれば認める」とあり、例えば、「大空」を「すかい」、「騎士」を「ないと」、「海」を「まりん」と読むのは認められるが、「一郎」を「たろう」、「高」を「ひくし」は認めないといった具合だ(「光宙」を「ぴかちゅう」はOKらしい)。

 それにしても、かつてはクラスにほんの数人名前が読めない生徒がいた程度だったのが、今では読めない名前のオンパレードだ。そもそも、子どもの名前には両親の深い思いが込められており、他人がとやかく言う筋合いはない。ただ、先生泣かせの難読の名前は、生徒自身、学校時代だけでなく社会に出てからも周りから正しく自分の名前を読んでもらえないのではといらぬ心配をしてしまう。

 1979(昭和54)年は国連が「国際児童年」と定めた年で、当時ユニセフを中心に世界中で子どもの福祉や教育の向上を呼びかける活動が展開された。日本では、ゴダイゴの『ビューティフル・ネーム』という曲がキャンペーンソングとしてテレビでよく流れていた。一体、いつの間に「ビューティフル」が「キラキラ」に変わっていってしまったのだろうか。